80年代から90年代のテレビのコントでは、いわゆる「業界モノ」が流行った。
肩からセーターを羽織ったディレクターが吐く台詞には「○○ちゃーん、今度シーメーおごるからさ、これ、ちょっとやっといて」「ごめんね、このあと××と約束入ってて。これでバレ飯で、お願い!」など「業界用語」がやたらと入っていた。
こうしたコントを通して世間一般にも知られるようになった「放送業界用語」のほとんどは 、言葉をサカサマにしたり短縮したりして出来たようである。ちなみにうちの会社では、こんな「セーターがけディレクター」がいないので、「○○ちゃーん、シーメー行く?」などという言葉はほとんど聞かれない。ただし、「業務用語」みたいなものは数多ある。作業に複雑な名前がついていたりするものは、それを略して呼ぶこととなる。「ENG取材」という時の「ENG」は「Electronic News Gathering」の略。これは比較的どの会社でも共通の言い回しだが、同じ作業なのに会社ごとに呼び方が違うものもある。
スタジオで映像を編集をすることは「EED」つまり「Electronic Editing」の略したものを指し、大抵の会社はこれで通じるが、某局ではこれをECS「electronic cutting system」を
略したもの、としているので、その局で初めて仕事をする者は、どんなベテランでも「イーシーエスって何をするんです?」と聞く羽目になる。
なお、うちの会社ではスタジオ編集をVV(平坦に読んでください。「ブイブイ言わせる」とは違います)と言っている。どうしてこうなったのかを先輩に聞くと「映像visualをv、v、vとつないでいくからVV」なんだそうである。とんち絵みたいでおかしいが、うちの会社は「ああ、ブイブイに行ったの」と至極当たり前のように使っている。
さてさて、そんな業界用語、身内用語の海に放り込まれた新人は、最初の2週間くらいは「それって何です?」という質問を連発することとなる。余裕のある先輩は懇切丁寧に、忙しい先輩はざっくりピンポイントで、それぞれの用語の意味を教えながら「何も知らないAD」を「仕事のできるAD」に育て上げていく。しかし時には行き違いがあったりする。
「某日の会話」
先輩 (会議室の案内表を差し出して)ねえ、これ玄関に貼っておいて。
新人 はい。(案内表をじっと見て)あの……すいません。
先輩 何?
新人 エダウチってなんですか?
先輩 枝打ち?馬鹿!技打ちって書いてあるでしょ。ギウチ!
撮影や音声などの技術スタッフと撮影時の打ち合わせをすることを、略して「技打ち」というが、エダウチと読んだのはこの新人が初めてであった。
先輩には「読みやすく丁寧な字を書くように」と指導し、新人には「いくらなんでもカメラマンに木の枝を切らせるようなロケはないでしょう」と諭したのは言うまでもない。
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