7月13日、日曜日。「星新一ショートショート」というドラマの収録日。
この日の僕の仕事は、既に別のスタジオで撮影中のクルーよりも先に、21時から始まる予定の笹塚のスタジオでの撮影に備え、美術の仕込みをするという役割だった。
19時 出社。エキストラとして出演もするため、衣装のスーツに着替えた。
19時半 タクシーに小道具を積み込み、いざ笹塚へ。
小道具に意識を集中していたため、自分の荷物を全て会社に忘れる。
20時 笹塚のスタジオに到着。早速仕込みへ。
仕込みの間に早くも続々とエキストラ出演の役者さんたちが到着。
その対応に追われる。
21時 仕込み完了と同時に撮影クルー、主演の田中哲司さん到着。
慌ただしく時が過ぎていく。
24時 撮影終了。終電に乗り家路につく。
25時 家に到着。
今日も仕事が終わったなあ。予定通り。
でも何か変だ。ポケットを探っていつもの感触がない。
ああ!鍵が無い。
会社に置いてきたことは容易に想像できたが、そんなことは信じたくなかった。
汗がしたたり落ちる。必死になって探す。
しかしどんなに必死になったって、どんなに汗をかいたって、どうしようもない時が世の中にはあるのかもしれない。
ここに鍵がないという事実はどうにもならない。ため息を一つ。辺りを見回した。
ここらにはマンガ喫茶もカプセルホテルもない。
何とか家に入らなければならない。
そうだ、壁をつたってベランダまで行ければ何とかなるかもしれない。
身を乗り出し、試みた。
スーツを着ていると思うように動けない。何でこんなものがあるのか。
僕の家はアパートの5階にある。
汗の一滴が一階まで落ちていき、弾けた。ような気がした。
もしそれが自分の体だったらと考えたら怖くなって、やめた。
ドンシーゲルの映画のクリントイーストウッドみたいに強くなりたいなあ。
長いため息をまた一つ。
26時 晩ご飯を食べることにした。
一階に降り、持って帰ってきたロケ弁当を食べた。おいしかった。
鶏肉の竜田揚げが四切れ入っていた。野良猫に一切れあげた。
猫は時間を随分と時間をかけて食べた。僕はそれを最後まで見ていた。
肌がベトつく。ジワっと全身が湿る。この日は真夏のような熱帯夜だった。
それでも睡魔が襲ってきた。全身が重く、ダルい。
こんなことなら昨日お酒を控えてもっと寝ておけばよかったなあ。
気がついたら道路の脇で寝ていた。
いや、気がついたらというより、ある人に気付かされた。
27時 一人の警察官が目の前に立っていた。
頭の中は、何で警察がいるんだろうという幸せな寝ぼけの後に、
上司の顔がチラチラとよぎった。ああ、まずいなあ。
「お前何やってるんだ?」 「どうも眠っていたみたいです」
「そんなことはきいてない」 「はあ」
「何でこんなところで寝ているんだ?」「鍵がなくて家に入れないんです」
「…そうか。おれはてっきり死んでるのかと思った。よかった」 「全然よくありません」
事情聴取されるのか。会社の皆様、迷惑かけてごめんなさい。
「とりあえず、一緒に来なさい」 「はい、すみません」
柔道でもやっているんだろうな。いくら警察でも体格が良すぎるもんな。自転車が全く似合っていない。その広すぎる背中を見ながら、僕は歩き始めた。
交番の中に入って。力なくイスに座った僕を見て警察官は言った。
「今日はここで寝なさい」 「え?」
「今布団を出してやるから」 「あ、ありがとうございます!」
その警察官は一度も笑わなかった。無愛想にそう言うと、布団を出してまた仕事に戻っていった。布団に横になると、あっという間に睡魔が襲ってきた。
「おやすみなさい」
返事はなかった。
午前9時 目が覚めた。そこにいたのは別の警察官だった。
あの警察官はもう帰ったらしい。
僕は全力でお礼を言い、これ以上ないくらいにきれいに布団をたたんだ。
あなたのおかげで、次の日も元気に働くことができました。
人って温かい。感謝しています。
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